SSブログ

映画、ペンタゴンペーパーズ [Tragedy]

観たのは今週月曜日。朝のラジオで東京新聞の記者(山田?)がエライ褒めているので、思い立って出かけた。自転車こいで近所のシネコンに。朝9:05からの上映に間に合わせた。300人は入る館内に、観客15人はいたろうか?多い方である。この時間帯、いつもなら5,6人というところ。


映画ペンタゴンペーパーズ(原題はポスト= washington post)



さて、内容だが、団塊のわたしらにとっては目新しいところはなーんもない話である。70年前後、エルズバーグが新聞社(NYTやポスト)に持ち込んだ膨大な論文集を印刷するかしないか、すれば、機密暴露とて、政府が介入し印刷を止められ(新聞社、つまり、巨大高速印刷流通会社に介入)、文書を盗み暴露した元政府職員ダニエルエルズバーグは懲役100年以上、の罪を背負うことになるかも知れぬ。。。そういう話だ。


エルズバーグが最初にもちこんだのはNYT。ニールシーハン記者らがチームを結成、短期に解読し、印刷を決めたが、政府の介入が入った。NY連邦地裁で印刷停止の命令が下された。。。ところが、間を置かず同じ文書がワシントンポストにももちこまれた。ソースもNYTと同じくエルズバーグと確認された(つまり、印刷すれば政府介入が入る可能性が高い)。


70年前後、日本でも朝日ジャーナル紙が、NYTによる抜粋要約版を掲載し、特集号として売り出したはずである。単行本は今でも売られているし(シーハンらが新版を出したようだ)、『ベトナム機密報告』、として和訳もされた。


ペンタゴンペーパーズとは何か?作成編集を命じたのはケネディ、ジョンソン時代の防衛長官マクナマラである。マクナマラはハーバードで経営を学び、フォード社に就職、社長となった。マクナマラ社長にケネディ自ら電話で一本釣りした。世界一給与の高かったフォード社長から安月給の政府長官への天下りである。最初は財務長官にしたかったらしい。米国のベトナム介入は第二次大戦終了以後、はじまっており、政権で言えば、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンと四代継続していた。なぜ成功しないのか、マクナマラは疑問だった。それで、軍関係者だけでなく大学、研究機関の学者に寄稿を求めて大部の論考集を作成した。これがペンタゴン文書である。7千ページもある。ランド研究所の書庫に厳重保管されていたものをランド職員であったエルズバーグが鞄で持ち出し、当時の遅いコピー機でコピーしては書庫に戻し、かり出し、コピーし。。という気の遠くなる作業をおこなった(この過程は何回もTVドキュメンタリーになった)。わたしはエルズバーグの長男と二人でコピー作業を行った。。と記憶していたのだがどうもこれは記憶違いらしい。ともかく、コピーに3ヶ月かかったという。このとき10部以上コピーしたらしい。


。。。と私はおもっていたが、マクナマラにペーパー作成を指示したのはジョンソンであった。


【6月15日 AFP】ベトナム戦争をめぐる米政府の機密報告書「ペンタゴン・ペーパーズ(Pentagon Papers)」が13日、初めて文書が漏えいしてから40年後についに全文公開された。

 リンドン・ジョンソン(Lyndon Johnson)元大統領の政権は1967年、ベトナム研究タスクフォースを立ち上げ、米国のベトナム紛争への関与について、包括的な報告書をまとめるよう指示した。

 その資料の一部は1971年に米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)に流出し、米歴代政権がこれまでベトナムについて国民をだましてきたことが明らかになり、当時大統領だったリチャード・ニクソン(Richard Nixon)氏は、漏えい防止の対応に追われた。

 全47巻に及ぶ報告書の大半はすでに公開されており、全文公開で新たな情報が出るかどうかはわからないが、ニクソン図書館・博物館の代表、ティモシー・ナフタリ(Timothy Naftali)氏は、「全巻に一貫性があり、これで完全なものになった。これまでは断片で公開されてきたから」と述べ、全文公開を歓迎した。

 ペンタゴン・ペーパーズの流出を受け、ニクソン政権は、メディアへの新たな流出を食い止めるために「プラマーズ(配管工、Plumbers)」として知られる秘密調査部門を立ち上げた。これが、後のウォーターゲート(Watergate)事件につながり、ニクソン大統領は1974年、辞任に追い込まれることとなった。(c)AFP



マクナマラは、ワシントンポスト社主=キャサリングラハム(映画ではケイ、と呼ばれていた)と親しい友人である。映画でも登場していて(すでに防衛長官はジョンソン時代に辞めている)、ケイに暴露は辞めた方がいい、と助言していた。


マクナマラは奇妙な男である(マクナマラのしゃべりおろし=fog of warという90分の映画がある)。戦争中は、原爆投下や焼夷弾で日本中を焼け野原にした悪名高いル・メイの部下であった。ルメイは「戦争に負けたら俺らは確実に戦犯として処刑だな」と言っていた、と映画でマクナマラは語っている。




マクナマラは回顧録も書いたが、これは評判がわるく、ロバートハルバースタムのような反戦派からはケチョンケチョンのコメントをもらっている)。


fog of warのなかでマクナマラは自らの戦争体験から11の教訓を示している。




ブリタニカ辞典 ベトナム秘密報告書事件

アメリカ国防総省がベトナム戦争深刻化の要因,経過などを研究した部外秘公式記録 Pentagon Papersの暴露事件。 1971年6月 13日『ニューヨーク・タイムズ』紙が,その大筋を特集,続き物で解説を開始,司法省は 14日夜同紙に対し秘密文書の公開中止を申入れた。同紙が自発的掲載中止を拒否したところ,ニューヨーク市のアメリカ連邦地方裁判所は,15日午後掲載の一時中止の仮処分命令を出した。 18日『ワシントン・ポスト』紙も秘密文書の要約を解説のなかに織り交ぜて発表,掲載中止に関する政府の仮処分申請はいったん却下されたが,連邦控訴裁判所が却下決定をくつがえした。しかし6月 30日最高裁判所は掲載中止の政府の要求を6対3で却下し,掲載が再開された。また R.ニクソン大統領は6月 23日秘密報告の全文を議会に提出すると声明,その後,「インドシナ介入経過報告書」が発表された。司法省は,マサチューセッツ工科大学の D.エルズバーグ研究員を秘密文書提供者として逮捕,起訴した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典





現在文書はネットで公開されている。連邦最高裁の最終判示も含まれる。http://current.ndl.go.jp/node/18417

米国国立公文書館、国防総省によるベトナム戦争報告書「ペンタゴン・ペーパーズ」の全文を公開

NYT紙。1971年のアーカイブ電子版。朝日ジャーナル特集号はこれを訳したものか?https://www.nytimes.com/1971/07/01/archives/texts-of-the-supreme-court-decision-opinions-and-dissents-in.html

Texts of the Supreme Court Decision, Opinions and Dissents in Times‐Post Case

National Security Archive
ベトナム戦からイラク戦まで文書が公開されている。
エルズバーグ自身は、当然のことながら、ペンタゴン文書の全文は、1971年時点で政府が公開するのが当然であった、と語っている。なんの問題も起きなかった、と。
それにつけても、情けないのは植民地状態の日本である。ニクソン佐藤時代にいったい何件の密約が作成されたのか?私が知っているだけでも、西山事件(毎日新聞西山記者が外務省から機密文書を持ち出し、公開した、という事件。その密約の内容たるや、米国が日本に支払うのが当然である経費を、日本が支払うことにする、しかしこの事実は国民には伏せる、という物悲しい内容。その額もたった数億円)があり、さらに、核密約事件(沖縄に核を持ち込んでいるのに国民に隠した)がある。属国政府だけではなく、日本のジャーナリズムも情報隠しに荷担しているのである。
腐ったジャーナリズムの中にも宝石のように輝く地方紙がある。長周新聞である(週三回発行)。安倍晋三の地元紙でありながら堂々政権批判を行っている。最近では、日本における公文書管理の歴史と問題点をとりあげている。

公文書管理のルーツに迫る 先駆けとなった山口県文書館 先人の苦労ぶっ壊す安倍晋三

DZ_FCh1VQAAuZCS.jpg
横浜ランドマークタワーとオスプレー
bab40287.jpg
数日前、横浜の米軍施設から横田基地にオスプレー5機が配備された。米国ではNY、ワシントン、
ロサンジェルスなどの人口密集地をオスプレーが飛行することはあり得ない。これは植民地ならではの情景である。
オスプレーがどこを飛行するか。日本政府も防衛省も直前まで知らされない。知っても国民には伝えない。それが日米地位協定の定めるところなのである。
わたしは訓練中あるいは東京遊覧中のオスプレーが国会議事堂(政府機関)に墜落することを願っている。
墜落の直後、なにがおこるか。横田基地から海兵隊+工兵隊数百人が装甲車やヘリで議事堂に到着し、一帯を封鎖し日本国民の立ち入りを禁じ、日本の警察は日本人排除に協力するのだ。植民地の悲しき実態である。日本国民、官僚、政治屋の奴隷根性と、米国政府、軍隊の帝国根性は、永久に治らぬだろう。
なりたいのぅ、独立国に。ペンタゴンペーパーズ日本篇、映画にしてくれぬか? スピルバーグ監督よ、オリバーストーン監督よ(笑)。

*


それで、映画のペンタゴンペーパーズの結論だが。。

米国の最高裁判事は死ぬまでつとめる(終身)。政府によっても国民によっても解職はあり得ない。議会、政府から完全に独立している。日本ときたら最高裁長官も米国(大使館)の鼻息をうかがって判決を下すのである(砂川事件)。この映画はキャサリングラハムの成長物語、としてみたが、連邦最高裁における審議、政府、対、ポスト側弁護団のやりとりをみたかった。映画では連邦裁判所判事が、ポスト側弁護団に「。。あなたがたは、(第二次大戦)D-day作戦を事前に入手したらそれを紙上で暴露するのか?」というアホのような質問をし、裁判長、それとこれとは状況が違います、と簡単に弁護団にいなされていた。これしか法廷のやりとりをみせてくれない。この映画で最も重要な台詞は、ポストの株式上場を控えたキャサリンが、さんざんまよったあげく暴露を決意し、それをポスト社幹部に納得させるシーンである。会社設立趣意書prospectusを何度も読み、文書公開は株主の利益に反するものではない、と結論することばである(映画を観たときには、深く納得したのだが。。。。ああ、残念ながらその台詞をおもいだせない)。この映画は米国の国内問題をとりあつかっているにすぎない。あれから30年後、アフガン戦争やイラク戦争に何人の米議会議員が反対したか?バーバラ議員ひとりをのこして全員がアフガン攻撃を支持したのである。


nice!(0) 

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。