So-net無料ブログ作成

やられた側とやった側 記録映画『ヒロシマ・ナガサキ』 [history]

NHK で 記録映画『ヒロシマナガサキ』を放映した。この映画は日系三世の米国人Steven Okazaki
の 製作・監督・編集になるもの。 WHITE LIGHT/BLACK RAIN: The Destruction of Hiroshima and Nagasaki)
#
Government efforts to expand the aid given to A-bomb victims is in the news today, which reminded me of a very good documentary I watched recently. White Light, Black Rain: The Destruction of Hiroshima and Nagasaki is a HBO documentary that focuses on the experiences of atomic bomb survivors: On August 6th and 9th, 1945, two atomic bombs vaporized 210,000 people in Hiroshima and Nagasaki. Those who survived are called “hibakusha”–people exposed to the bomb–and there are an estimated...

White Light, Black Rain - The Destruction Of Hiroshima And Nagasaki : Japan Probe
#http://b.hatena.ne.jp/entry/7925226
080806_1140~02.JPGSteven Okazaki

ヒロシマ、ナガサキで被災した人約10名、それに、原爆投下に従事した元米軍兵士が登場し、当時の記録フィルムを挿入し、被爆体験者が言葉として体験した原爆を伝えている。

わたしは、ビデオに記録し、昨日今日数回見た。以下、コメントをアトランダムに記す。


1 元米軍兵士は、当然のことながら、原爆投下を後悔していない。命じられたことをそのままこなしただけである。実際、投下に責任を有する科学者、軍人や大統領(トルーマン)まで 原爆がいかなる被害をもたらすものか、知っていなかった。その規模だけはネバダ州の砂漠で実験をして確認していた。(米国は、1946~62にかけて、米軍兵士数万人を強制的に立ち会わさせて、原爆、水爆の爆発実験をくりかえした。米軍兵士たちと、その子どもたちは、ヒロシマナガサキの被災者が受けたと同じ原爆病を発病している。これは、先々週のNHK BSで放映したフィルム、Nuclear Soldiersに記録されている。あとで記事にする予定)。


2 広島で被爆した韓国女性も登場した。「朝鮮ではできた米はすべて日本に没収された。仕事もなく、やむをえず広島にきた。日本にくるか、餓え死ぬか」。韓国人だけの原爆慰霊碑に参拝していた。いまだに、広島市は合同追悼していないのだろうか?ナガサキにも軍需工場は多いから朝鮮から強制徴用されたひとが多く被爆しているはずである。なぜ、朝鮮人が日本で働いているのか。考えていたナガサキ、ヒロシマ市民はだれひとりいなかったろう。ニッポンが朝鮮で何をした?考えた人などはいなかったろう。原爆はそういう無知に対する罰である。


3 登場者が口々に話すのは敗戦を国民は悟っていたことである。食糧も不十分。日本政府はそれでも戦争を継続しようとした。ポツダム宣言をつきつけられず、原爆も投下しなかったら、はたして、いつまで戦争を継続したのだろう? 原爆を投下したのは戦争終決を早めるためだった、という米国の言い訳は、トルーマンらの真の意図とは別に、日本国民やアジア人にとって真実なのであった。

4 被爆したナガサキの婦人。両親が死に、妹と二人残されたが妹は鉄道自殺した。「妹は、餓えと孤独で生きる気力を失った。わたしも死のうとして線路に立ったが、汽車の汽笛や蒸気音が聞こえてくると怖くなって逃げた。。」 「終戦後、米兵がナガサキに来た。わたしは米兵に言った、両親や妹をなぜ殺したのか、返してください!。。しかし日本語だから分からなかったでしょう」
 このご婦人の怒りは、そのまま、朝鮮、フィリピン中国、インドネシア。。のアジア人が日本兵にもつ怒りだろう。広島ナガサキで被災した人々はそのことを、現在、理解しているのだろうか。日本兵に人間とおもわれず、食糧は奪い尽くされ、銃剣で刺し殺され、大根のように首を落とされたり強姦されるのと、原爆でやられるのとの、差、である。



この映画は昨年米国の公共放送でオンエアされ、米国人数百万人が視聴し、かなりの反響があったようだ。NHKの番組ではある高校でこの映画を教材として使用し生徒にディスカッションさせていた。ある生徒:「米国がこのようなことをやっていたとは知らなかった。政府は国民に真実を穂知らせる必要がある」 080806_1140~01.JPG

NHKはこの番組に優れたドキュメンタリとしてNHK賞を贈ったという。賞を贈るのも結構だが、戦時中、政府に尻尾を振って、国民に真実をシラせなかったNHK。今になっても、中国、朝鮮、台湾、フィリピン、シンガポール、満州。。で日本兵が何をしたのか、NHKが、海外に取材して生き残った人々から、記録フィルムにして放映する、という話を聴いていない。最近、NHKがやっと、生き残り日本兵にインタビューを行って、その証言記録を放映しだした。しかしこれは、いかに悲惨な闘いを日本兵は南洋や中国大陸でやってきたか。。という記録であり、アジアの民衆に対して日本兵がいかにひどいことをしたか、の記録ではない。あと、10年もすれば、原爆被災者や、元日本兵は全員死に絶えるだろう。NHKや政府はそれを待っていたのだろうか? 戦争に負けたからといって記録を残さなくていいことにはならぬ。国民の税金を巻き上げて政府の政策として総力戦を遂行したのだ。いかに闘って、いかに負けたのか。すべてを国民に公開すべきではないか(なん、ちゃって。。。冗談よ。冗談)。 NHKはこの夏もゾクゾクと、イージーな戦争回顧番組を作成するようである。ニッポンジン、なかんづく政府やゴロツキ政治屋に口当たりのいい番組ばかり作って何になるか?アホ国民を再生産するだけ、滅びへの道である。



080806_1020~02.JPG080806_1026~01.JPG080806_1026~02.JPG080806_1036~01.JPG080806_1036~02.JPG080806_1046~01.JPG080806_1046~02.JPG080806_1050~01.JPG080806_1050~02.JPG080806_1051~01.JPG080806_1052~01.JPG080806_1052~03.JPG080806_1053~01.JPG080806_1053~02.JPG080806_1053~03.JPG080806_1055~01.JPG080806_1056~01.JPG080806_1056~02.JPG080806_1056~03.JPG080806_1057~03.JPG080806_1058~01.JPG080806_1102~02.JPG080806_1103~02.JPG080806_1113~02.JPG

挿入した写真はすべてNHK放送から。


この映画で正視できなかったのは、最後の当たりに登場する谷本清牧師の話である。
谷本牧師についてはつぎのブログを: http://info.linkclub.or.jp/nl/2005_10/anata.html
谷本牧師は米国にヒロシマと被爆者の惨状を訴えるため米国のTV番組に出演して、義捐金を募ったという。出演を斡旋したのは評論家ノーマン・カズンズである。この番組にはエノラゲイ搭乗者にも出演させ『私はなんということをしたのか』と悔悟の念を述べさせている。なぜ、正視できないのか?いま、ひと言では言えない。

私個人にかんして、この映画から 原爆に関して思考を変える、あらたな真実というのはなにもなかった(映画に出演した被爆者個々の体験などはむろん知らなかった個別的な事実である)。 多くの日本人にとってはそうであるはずだ。 この映画は何も知らない米国人を啓蒙するために、米国人がつくったものである(それが赦される時代になった、ということ。しかしこの映画は原爆被害をあきらかにしたものであり、原爆投下にまつわる政治の真実をひと言も語っているわけではない。ベトナムやアフガン、イラクについても被害を明らかにするフィルムはあらわれても、政治の真実は当分明らかにされることは期待できない)。日本人がこの映画に感心しているようではしょうがないだろう。 日本がやるべきことは、この映画と同じく、日本人の手で 朝鮮、中国、フィリピン、インドネシア、その他のアジアの国々で被害者を調査し、ニッポン軍が行った事跡を記録に残すことである、が、どうやらそれは時間切れ、関係者はまもなく、すべて、この世界から消えるだろう。


やった側が、やられた側の記録を残し、記憶しているか? これはやった側の自覚と教育の問題である。 戦争、といえばやられた記憶しか頭にない。 これは小児病である。 ニッポンの現在は小児病的といっていい。日本軍が行った重慶、上海に対する無差別爆撃、長年の朝鮮支配、アジア各地で行った住民を人間と思わぬ扱い、731事件、毒ガス使用。原爆は、加害者の地位から一挙に被害者の地位に日本の市民を置き直し、対アジア戦争の記憶を麻痺させる効果を与えた。ニッポンにとって原爆は二重の悲劇である。


なぜ原爆の投下がアジアの人々に歓呼をもって迎えられたか。原爆追悼の日の秋葉広島市長の追悼メッセージには、例年のごとく、ひと言も言及はない。原爆はヒロシマ長崎市民への天罰でもあるのだ。加害者であることをまず自覚して、そののち、原爆の使用を云々せよ。しかし、無差別爆撃(重慶、上海)を世界で最初に決行したのはニッポン海軍であることをわすれてはならない。


原爆の悲劇とは何か。原爆などものの数でない悲惨をアジアの人々に加えた過去をスッカリ忘れたニッポンジンをゾクゾク、排出させていることである。これは、悲劇であり、喜劇である。

この米国映画からニッポンが学ぶべきことがあるとすれば、やった側=ニッポンが、アジア各国でやったことを調査し、証言と記録をフィルムに収め、わかい、戦争を知らないニッポンジンに学習させ続けることだろう。が、現状、ほとんど、絶望的である。



関連記事:
なぜ広島に原爆が投下されたか、を問うことに意味があるか
http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-08-06

3月10日 東京大空襲追悼日
http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-03-10
nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(7) 

nice! 0

コメント 1

すずめ

朝鮮と台湾を 大日本帝国は占領地とは考えなかった。
帝国の一地方と 錯覚していた。
故意であるか、無知ゆえかは、私的には不明だが、
他の占領地への君臨とは 明らかに質が違う。

たとえば 南洋神社と遥拝は 占領政策の一貫であったが、教育制度は やはり被占領地のそれであったろう。
by すずめ (2008-08-08 20:47) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 7

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。