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レイテ島幻想    あるBC級戦犯 [戦争・原爆]

本日3月9日BS NHKで 「証言記録 兵士たちの戦争」 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第一師団~の再放送があった(1月にハイビジョン放映されたもの)。 内容は昨年7回シリーズで放映した証言記録、の続編である。亜細亜太平洋戦争で生き残った兵士が、戦争の実態を、恐らく初めて語るのである(家族にも秘密にしている場合が多い)。前回のシリーズはニューギニア、ルソン、マレイ半島(インパール)、中国戦線を生き延びた兵士の記録であった。 南方戦線で共通していることは、ほとんどの兵士が闘うことなく、餓えと、病気で死んだことである。 食糧補給は行わず、食糧はすべて現地徴発という方針に基づいて兵士を送り込むのが日本軍のやり方であった。


本日の第二期?の第一回証言記録は、レイテ島における日本軍の闘いである。

最初に疑問におもったのはタイトルである。『誤報が生んだ決戦』とは?

19年秋、台湾沖海戦で米軍に大打撃を与えた。。という有りもしない戦果が報じられた。海軍はすぐに誤りと気づいたが、これを陸軍に即座に伝えず、米海軍力の大幅低下を根拠として、レイテ進出という作戦が編み出された。。かのような口吻であるが。はたしてこれは事実なのか? 19年は広げすぎた太平洋戦線をドンドン縮小している時期である。ニューギニア、ルソンなどはこのとき見捨てられた(米軍からも、攻撃目標にさえされなくなった。これがニューギニアに派兵された兵士の悲惨の始まり)。

誤報。しかし、これが誤報と分かった時点で、この情報は虚報、偽報、に転化する。意図的な偽造情報にである。

ところで、台湾沖海戦で大戦果をおさめなくても、フィリピンへの上陸は既定路線ではなかったのか?(大岡昇平の『レイテ戦記』を引っ張り出したみたが台湾沖海戦、と、レイテ進出の作戦的因果関係の記述は見いだせなかった)。

追記4/16: これは私の見落としだった。大岡昇平は『レイテ戦記』に作戦の因果関係の可能性を記述していた:
「大本営海軍部はしかし、敵機動部隊健在の真実を陸軍部に通報しなかった。今日から見れば信じられないことであるが、恐らく海軍としては全国民を湧かせた戦果がいまさら零とは、どの面さげてといったところであったろう。しかしどんなにいいにくくともいわねばならぬ真実というものはある。
決戦が迫っていた十月十七日、アメリカの機動部隊は健在である。従って比島の飛行場、船舶は千機以上の艦上機に攻撃される危険がある、ということはこの種類の真実に属していた。
もし陸軍がこれを知っていれば、決戦場を急にレイテ島に切り替えて、小磯首相が「レイテは天王山」と絶叫することは起こらなかったかも知れない。 (略) 一万以上の敗兵がレイテ島に取り残されて、餓死するという事態は起らなかったかも知れないのである。」



レイテ島の闘いは悲惨であった。
まず、圧倒的な兵力、火力の差。日本軍歩兵はつぎつぎと米軍の空爆にサラされ命を落とした。
つぎに、餓え。日本軍はすでに制空権を失っており、食糧補給用船は次々と海に沈められる。
ニューギニアや中国戦線と同様に、現地の民家に押し入り、食糧を奪った。動いているモノはトカゲだろうと蛇だろうと喰った。レイテ島には8万前後の兵力を投入したが生存して日本に戻れたのは1割に満たない。

大岡昇平は躊躇しながらも、フィリピンにおける兵士同士の人肉食い、あるいは現地住民を殺して喰う、という事実のあったらしいことを『レイテ戦記』ではほのめかせている。(しかし、昨年放映されたNHKの証言記録で兵士たちはそれを事実であると語った。)

食糧を奪っただけではない。他の東南アジアでも起こったことだが現地住民を生かしておいては米軍への諜報につながる、として、銃や剣でころす。手足を縛り、穴を掘ってまとめて生き埋めにする。。という行為が行われたと兵士は証言した。


大岡昇平『レイテ戦記』p673から引用:

「こうしてレイテ決戦終了後、大本営はフィリピン全域の現地司令官に幸福の自由を与えるべきであった、という平凡な結論に達する。そうすれば、ルソン、ミンダナオ、ビサヤでの日米両軍の無益な殺傷、山中の悲惨な餓死と人喰いは避けられたのであった。

 しかし申すまでもなく、これは今日の眼から見た結果論である。国土狭小、資源に乏しい日本が近代国家の仲間入りするために、国民を犠牲にするのは明治建国以来の歴史の要請であった。われわれは敗戦後も依然としてアジアの中の西欧として残った。低賃金と公害というアジア的条件の上に、西欧的な高度成長を築き上げた。だから戦後25年経てば、アメリカの極東政策に迎合して、国民を無益な死に駆り立てる政府とイデオローグが再生産されるという、退屈極まる事態が生じたのである」 (大岡のレイテ戦記は、雑誌中央公論に連載後昭和46年単行本化された)。


(雑誌連載から起算するとほぼ40年前の記述である。わたしは、過労死、社会保険庁問題、薬害、を咄嗟に思いだした)


大岡昇平のこの作品は、米軍資料を含めた多数の資料を元にして書かれている。が、この番組の兵士の証言には迫力の点で及ばない。後から分かった情報を折り込みながらの<鳥瞰的>戦記は、地上で闘う兵士の心理とは無関係であり、兵士の頭に何があったか、何が兵士の眼は見たのかは、大岡の戦記ではほとんど伝わらない。

敗戦後も、大本営は戦争責任を一切問われることはなく、戦前の官僚システムもGHQにより解体されることなく、そのまま戦後に生き延びた。

昨年放映された(第一期)兵士の記録<ニューギニア戦線>に登場した飯田進氏が私に強い記憶を残す。
飯田氏は、BC旧戦犯に問われ懲役刑20年を受け(10年で釈放)巣鴨で生活した。飯田氏は資源調査担当として西部ニューギニアに派遣された。現地語もできた。あるとき、オランダ部隊が陣取る兵舎を急襲し敵を殲滅した後、オランダ軍のために働いていて、残された現地の住民数人を発見した。捕虜として本部まで連行するつもりであったが、数日もかかるため食糧のことを考えるとここで始末すべし、という上官の命令。飯田氏はこの命令に必死で抗弁したが、最終的に上官の命令にはそむけず、自ら住民を射殺した。これがもとで、戦後、ニューギニアにおけるオランダ法廷(BC級戦犯)で処罰を受けたのである。

飯田氏は、判決を聞いて憤懣やるかたなかったが、冷静になって考え直した、という。俺は命令にそむけなかった、という理由がたつ。しかし何の咎もなく射殺された現地人の怒りはどこにもっていけばおさまりがつくのか?と、自ら罰を受けることに納得したのだ。(むろん、飯田氏ほどの罪もまったくなく、BC級戦犯裁判の犠牲になった人も多い。憎まれた日本兵は、住民や敵兵からあることないことを罪状に加えられた)


080309_2017~01飯田.JPG 飯田進氏。同氏には多数の著書がある。


飯田氏の話を持ち出した一つの理由は、最近封切られた大岡昇平原作「ながい旅」の映画化明日への遺言を思いだしたからである。
この作品は出版されると同時に読んだが、岡田資(たすく)海軍中将の<法戦~BC級戦犯法廷における法律闘争>に私は大きな疑問をもった。作者大岡は明らかに岡田中将に感情移入して書いている。この映画は観るつもりだから、観た後で映画評を書こうと思う。

記憶によれば、名古屋地区を無差別爆撃したB29の米軍搭乗兵10人前後がパラシュートで降下した、これを岡田の部下が捕らえて、全員を裁判にかけることもなく惨殺した、のである。岡田は、無差別爆撃は違法であり、違法を犯した米兵士は軍事法廷を待つことなく処分(殺害)してよい、という。しかも、処分にあたったのは岡田の部下の兵士であり、彼らは岡田の命令にしたがっただけであり罪はない、罪はおのれ(岡田)のみにある、というのだ。しかし、この言い分が通るのであれば、無差別爆撃を行った兵士も上官の命令にしたがっただけであり、罰を問われるいわれはない。無差別爆撃の責任は、それを命令した上官にある、ということにならないか。焼夷弾投下ボタンを押しただけの米兵は戦争犯罪者といえない、と。


##


昨年放映された、証言記録 兵士たちの戦争、全7回とあわせこの証言記録は貴重である。 なぜ、NHKは衛星ハイビジョンそれにBSでしか放映しないのか?まず 総合TVあるいは教育TVで放送し、多数の国民、学生や生徒に、戦争の事実、ニッポンの軍隊とは何だったのか、をしらせるべきである。これは大本営発表~虚報ばかりを垂れ流し続けたNHKの義務である。 ついでにいえば、ほとんど、証言するのが少数の例外を除いて末端の兵士ばかりであるのはなぜか?大本営(参謀本部)の連中から証言を聞き出さないのか。片っ端から証言を求め、恐らく拒否されるだろうから、その拒否の事実を報道すればよいではないか。拒否の理由を報道すればなにがしかの参考にはなる。<証言記録 参謀たちの戦争>や<証言記録 戦争報道>を是非実現してもらいたい。

さらに、なぜ、今頃になって証言を取るのか?敗戦から10年20年、いや敗戦の直後から証言を取り始めるべきであったし、その記録はアーカイブとして、フィルムあるいはネット経由で日本国民に無料で利用させるべきである。 計画もなく作戦を立て、失敗が分かっても責任を取ることなく、破綻するまで放置する。 現在の官僚の顔がそのまま、兵士の証言から読み取れるだろう。 証言者(元兵士)は全員90歳になろうとしている。元兵士の、記憶と命がなくなるのを待っていたのだろうか?記憶と命がなくなるのを待つのは元大本営・軍部官僚あるいは現在の政府や官僚だけで十分である。





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コメント 8

ルミちゃん

議題から外れるかもしれませんが.
名古屋で撃墜されたB29からパラシュート降下した搭乗員を、一般市民が殴り殺したと言う話があります.牧師の方が目撃したのですが、戦後もGHQに対して黙っていたそうです.
グアム、サイパンから日本に爆撃に来るB29の搭乗員が、ヨーロッパ戦線から来た搭乗員に、ロンドン空爆の時、墜落したドイツの搭乗員をどうしたか聞いたところ、一般市民が殴り殺したと言うので、イギリス人がそうならばと覚悟を決めたそうです.(B29搭乗員の証言)
逆に、殺されるところを、警察官が(軍人か忘れましたが)止めに入ったので助かったという捕虜の方の話もあります.
当時のアメリカ軍の命令拒否は、2階級降格だそうで、幼い頃自分が育った東京を爆撃することはできないと、東京爆撃の命令を拒否した搭乗員がいた.(日本人捕虜の方が書いていました)


by ルミちゃん (2008-09-17 03:05) 

古井戸

廣島原爆投下直後、当時、不時着して地下牢に拘束されていた米兵を市民が引きずり出して虐殺した、その死体が相生橋ちかくに何体もあった、といいます。

 かりに、日本軍の攻撃機がロスアンジェルスを無差別爆撃したとします。不時着した場合、日本兵はどういう扱いを市民から受けたろうか?日本の爆撃機が真珠湾攻撃でホノルルに不時着した場合、パイロットはどういう扱いを受けたろうか?

 捕虜にすることを避けるべく、米兵に撃ち殺された日本兵も多かったと言います。
by 古井戸 (2009-02-08 09:30) 

小宮 謙二

 東海軍事件について記述に誤認が多いため一言申し上げます。一、岡田資中将は、東海軍管区司令官であり、陸軍中将です。二、降下米兵の処刑(27名)は、戦時高等司令部勤務令に基づく軍律会議によるものです。三、執行に携わった部下については、法に基づく死刑執行を実行したものであり、執行に対する責任は命令者にあると言えます。対極的に米空軍搭乗員の行った無差別爆撃の実行は、命令に基づくと言っても、明らかな戦時国際法上の違法行為の加担であり、一線を隔するものであることを理解して頂きたいと思います。戦時における極限の状況を平和な時代と同じ価値判断で論じることに無理があります。敗戦国と言うだけで一方的に悪とされましたが、裁く側であった戦勝国が、果たしてヤヌスの鏡(善悪を写し出す鏡)の前に立てば、どのように写ったでしょうか。
by 小宮 謙二 (2009-07-15 22:46) 

古井戸

>戦時における極限の状況を平和な時代と同じ価値判断で論じることに無理があります。

戦時における日本軍の軍律会議など、裁判と言えるシロモノではない、ということには同意します。

しかし岡田が裁かれたのはこの軍律会議も開かず、処刑を命じたためです。


>三、執行に携わった部下については、法に基づく死刑執行を実行したものであり、

戦時にあっても裁くにあたっては平時とおなじ平静さと、公正さ、を保つのが武人であります。反省の必要がありますね。

岡田は法に基づいておらず、独断で処刑を命じた。

無差別爆撃という不法にたいして、裁判もひらかず処刑したという不法。

<法戦>、でなく、<不法>戦、ですな。


>敗戦国と言うだけで一方的に悪とされましたが、裁く側であった戦勝国が、果たしてヤヌスの鏡(善悪を写し出す鏡)の前に立てば、どのように写ったでしょうか。

それをいっちゃーおしまいでしょう。東京裁判(A級戦犯)、BC級戦犯裁判は戦争の一部です。負ける戦争をやった政治屋、軍部の罪です

by 古井戸 (2009-07-16 17:25) 

小宮 謙二

私は正直言って、あなたの言われることが、全てにおいて理解できない。つまり、歯車の噛み合わせが合わないように、”ここからここが”というよ問題ではなく。だから個別の反論などはしない。ところで、私はBC級戦争裁判については、東海軍事件に限らず大きな関心を持っている。世の中には、色々な考え方があってしかるべきと思うが、ただ、その時代を懸命に、そして誠実に職分を果たそうとした人たちが居たからこそ、今の日本の繁栄が有ることを忘れないで欲しい。多くの人が、あなたのブログに意見を寄せてくれることを願う。あなたがこの問題を提起したことに感謝したい。
by 小宮 謙二 (2009-07-16 21:59) 

古井戸

>その時代を懸命に、そして誠実に職分を果たそうとした人たちが居たからこそ、今の日本の繁栄が有ることを忘れないで欲しい。

この論題は本件にあまり関係ないと思います。一般的な命題として、

懸命、と、誠実は、行為の正しさを保証しない、という多数の歴史的事実をわれわれ(の先輩達)は眼前に見た、ということでしょう。

それを身をもって実証した一人がたとえば、岡田氏です。(A級戦犯の多くもそうでしょう。ただし、昭和天皇は確信犯です)。

1944年以後の中国アジア、とくに、南洋諸島の兵士の扱いをご存知でしょうか。補給もなく、90パーセントの兵士は餓えと病気で死んだのですよ。敵と戦うことなく、参謀本部に殺されたのです。兵士に対してこのように残酷なことをする政府・軍部が日本国民のことを考えているわけがない。原爆でも落とされて、戦争を停止しなければ(つまり戦争が継続されれば)本土で餓死者が数百万人に及んだでしょう。45年8月の敗戦以後も、46年にかけて、数万の餓死者が出たのです。

>その時代を誠実に職分を果たそうとした人たちが居たからこそ、今の日本の繁栄が有る

誤魔化さないでください。

兵士や国民のことを全く考えない指導者の残虐な政策にも<かかわらず>、<一部の>国民は努力し、繁栄をきずいた(もっともこの文章が有効なのは1980年代まで、でしょうが)。
。。と言うべきです。

いい加減に目を覚ましましょうね。
by 古井戸 (2009-07-17 01:27) 

タツ

 組織上層部の判断の誤りに関係なく懸命であった人生を個別に掘り起こそうとなさっている小宮氏の作業は意義のあることなのでしょうが、それを楯に使って、上層部の判断の誤りを歴史的視点から分析する対象とせず、聖域に入れたままにしてはいけないと思います。
 問題の核心は、古井戸氏のように「昭和天皇は確信犯」と言い切れるのか? に行き着くのではないのですか? わたくしの推理では、生物学的には人類の一個体なのに、周囲の期待に応えて「カミ」になろうと、あの方なりに、真面目に努力なさったのでしょう。そういう期待をした人たちが、戦後も反省する機会を持たなかったことが、今日の日本の不幸ですし、間違ったメッセージを与えられたアメリカは、その後もベトナムでイラクで無差別爆撃を続けたのでしょう。
 麻生首相が、外相時代には靖国問題の解決案をお持ちのようだったし、ご先祖から皇室のことをよくご存知なのだから、漫画でも使って国民に分りやすく説明してくださるのかと待っていたのに、あと2日…。 あ~あ。
 しかも、「カミの国の総理大臣」が後見人とか黒幕とかで、またまたご機嫌よくテレビに出てくるし、いい加減にしてよって感じです。
 ここで、ぼやかせていただきました。

by タツ (2009-07-18 20:41) 

十楽人

小宮謙二様
●小宮様は、話が噛み合わないとする根拠になる理念を述べておられないので、勝手ながら、「戦争は古今東西絶えないもので、戦勝者の論理で裁かれるものであるから、敗者が悪とは限らない。よってそのことを追求しても意味がない」と言っておられるものと読み取りました。

●「世の中には、色んな考え方があってしかるべき」ですが、色んな考え方で「事実」が変わるわけではありません。
何人も犯すことのできない国家統治の大権をもつた昭和天皇、時の為政者及び軍は、ポツダム宣言を無視、その間国民の生命など頭になく国体(天皇制)の護持ができるかどうかにいたずらな日数を費やしたこと、それによって米内光政が天佑と言った2発の原爆が落とされ、そのほかにも数十万の民間人、兵士が無駄死にしたこと、ソ連の参戦を招きシベリア抑留による餓死者を出し、北方領土を強奪だれたという「事実」。これらは、「歴史にもしはない」などという陳腐な言葉で葬り去るのではなく、われわれは、時の為政者などの愚策が、一般市民や下級兵士に、いかに多くの無駄死にを強いたか、「事実」として後世に伝える義務があります。
ついでに言えば、ポツダム宣言を、国体護持にこだわらずに受け入れていれば、(ソ連の参戦はないので)朝鮮の分割はなく、今の拉致問題も起きていないのです。
さらに、少なくとも戦後の発展きっかけは、飯田進氏も言っておられますが、朝鮮戦争という他国の犠牲によるものであることもわれわれは銘記しておかなければなりません。

by 十楽人 (2009-07-18 21:23) 

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